自宅での葬儀や、通夜振る舞いの席、あるいは小規模な会場での告別式などでは、「回し焼香」という形式で焼香が行われることがあります。これは、参列者が祭壇の前まで移動するのではなく、香炉と抹香の入った器が盆に載せられて、座っている参列者の間を順番に回ってくる方法です。初めて経験する方は、自分のところに回ってきた時にどうすればよいか戸惑うかもしれません。回し焼香には、周囲への配慮が求められる独特のマナーがあります。まず、香炉の盆が自分の前にいる人から回ってきたら、軽く会釈をしてから両手で受け取ります。そして、自分の膝の前に盆を置きます。もし隣の人との間にスペースがない場合は、膝の上に置いても構いません。盆を受け取ったら、まず祭壇に向かって一礼し、合掌します。その後、座ったままの姿勢で焼香を行います。右手で抹香をつまみ、香炉にくべるという基本的な動作は、立礼焼香や座礼焼香と何ら変わりありません。宗派に合わせた回数の焼香を終えたら、再度、祭壇に向かって深く合掌し、一礼します。これで自分の焼香は完了です。次に、隣の人へ盆を回します。この時が非常に重要です。何も言わずにただ横にずらすのではなく、隣の人の方へ向き直り、軽く会釈をしながら両手で丁寧に渡します。受け取る側も同様に会釈をして両手で受け取ります。この一連の動作によって、参列者同士が敬意を払い合いながら、厳粛な儀式を共有することができます。回し焼香で注意したいのは、香炉の扱いです。香炉の中には火のついた炭が入っているため、不安定な場所に置いたり、急いで回したりすると、灰がこぼれたり、火傷をしたりする危険があります。常に落ち着いて、丁寧に扱うことを心がけましょう。また、自分の焼香が終わったら、速やかに次の人へ回すのがマナーです。焼香は故人を偲ぶ大切な時間ですが、回し焼香の場合は、後に続く人への配慮も忘れてはなりません。この形式は、移動が困難な高齢の参列者がいる場合や、限られたスペースで効率的に儀式を進めるための知恵から生まれたものです。その趣旨を理解し、互いに思いやりを持って臨むことが大切です。